ヒトデちゃん戦記

サッかみのブログです。

【ポケモン映画祭 感想戦】第三部『ディアルガVSパルキアVSダークライ』

ハローどうも、サッかみです!

前回の記事から少し時間が空きました。お久しぶりです。

現在世間ではポケモン映画祭』が開催されており、今回はその第三部……と言いたいところですが、まだ第二部です。というのも、先々週に新型コロナウイルス感染症に罹患してしまい、自宅待機期間と重なって、第二部『七夜の願い星ジラーチ』を観に行くことが出来なかったのです。ですが、タイトル変えるのも紛らわしさがあるので、この記事のタイトルは第三部としておきます。

というわけで今回はディアルガVSパルキアVSダークライ視聴後の感想をお送りします。前回の記事で、サッかみが"一番楽しみにしていた"と述べた本作品。記憶の鮮やかなうちに、文字に残していきます。

以下、ずっと前の作品ということで、ストーリー等に関する重大なネタバレも含みつつ記述していきます。もし「まだ観ていない」という方がいらっしゃれば、ぜひご鑑賞の上、この先を読んで頂けると幸いです。よろしくお願いします!

 

2007年 ディアルガVSパルキアVSダークライ

 

 

 

冒頭、今度は10thの表示。

本作はポケモンアニメ10周年の節目の作品であり、最初にこれまでの映画の主役を飾った伝説・幻のポケモンたちが、順々にパフォーマンスする。サトシ・タケシ・ヒカリが歩いてくる背景には、これまでの映画の名シーンが数多映し出され、メモリアルな作品であることを強調していた。

そして一方、本作はダイヤモンド&パール時代の最初の作品であり、歴代映画で唯一の『劇場版3部作』の構成をとる長編の第一部にあたる。「誰も見たことのない、新たな物語が始まろうとしていた」という、劇場版3部作の幕開けを知らせる特徴的なアナウンスと共に、時空の狭間におけるディアルガパルキアの壮絶な争いから本作は始まった。

ディアルガパルキアの争いは何故起こったのか、この物語はどこへ帰着するのかは、ぜひ続編の『ギラティナと氷空の花束 シェイミ』、そして『アルセウス 超克の時空へ』をご覧頂きたい。本記事では割愛する。

 

サトシがアラモスタウンを視界に捉え、しかし圧倒的に理不尽な街構造により入り口となる橋の反対側に出てしまったところで、気球に乗ったアリスと出会う。

ここが第一のポイント。アリスの顔が良い!!

アリスは 𝑺𝑼𝑷𝑬𝑹 素敵なキャラで、気球に乗っている間にも草笛による演奏を披露し、途中発生した謎の時空の歪みによる衝撃波に襲われた時も「お詫びに、街を案内してあげる!」なんて、全くアリスのせいじゃないのに優しい子……好き……。

この後に庭で出会うのがアルベルト男爵とトニオ。トニオは根っからの科学者タイプという感じで、物事に熱中しすぎてよく転んだりぶつかったりと、事故に合いがちな男である。しかしアリスはトニオのことが大好きで、トニオの仕草にドキッとして目が潤む瞬間(これマジで好き)とか、アルベルト男爵に言い寄られた際には「私はトニオが好きなの!」と声を張って腕に抱きつくなど、どこまでいい女??マジで好き。あなたがトニオのことを自信を持って愛している、その自信が好き。強き女。ああ、アリスのような幼馴染が欲しかった。どうかトニオと結婚して幸せになって欲しい。

そのくせに、憎たらしいのがアルベルト男爵とトニオである。嫌がるアリスを、高貴な身分からかやや強引に誘うなど、女性の気持ちを全く考えず、はしたない男である。男尊女卑の古典的概念に髄まで支配されていそうで、パートナーさえ損歳に扱いかねないだろう(超偏見)。相棒のベロベルトが可愛くなければめちゃめちゃヘイトを向けていたところだ。できればアリスに気安く近付かないで欲しい。

一方のトニオは、アリスと対照的に自信が無いのか、アリスがトニオのことを好きだと宣言したことに対して「笑える冗談だ」と笑い飛ばしたアルベルトの言葉を間に受け「冗談か…(笑)」などと微笑するのだ。オイ!!!!(デカ声)

オマエの好きな女が、オマエのことが好きだとデカい声で言ってるのに何言ってるんだこの男は??Q. この男は何者ですか??A. アホです。もし私がグレッグルだったら、ボールから飛び出して一発どくづきを放り込んでいる。好きな女の気持ちを大事に、しろーーーっっ!!!

それに対しアリスは「知らない!」と言って、プイっと外を向いてしまうのだ。嗚呼、恋。アリスはトリオを蹴り飛ばしても良い。首輪をはめて引きずっても良いので、早く2人で婚姻届を役所に提出しに行ってほしい。

 

この辺りで、街で起こっている異変が庭の造形に爪痕を表し、そして都合の悪いタイミングで、ダークライが初登場する。第一印象ゼッタイ悪者扱いされるのは、あくタイプのお決まり的な流れである。ダークライは影から登場することもあって、登場するその瞬間、少し日が翳る。それをチェリムのフォルムチェンジで表現するのは、なかなか趣があった。

先に展開を明かすと、街の異変の原因はディアルガパルキアであり、ダークライはそれを止めて庭のみんなを守ろうとする心優しいポケモンだったのだ。ダークライはこの街に逃げ込んできたパルキアに対し「ココニ来ルナ、出テ行ケ」と言うものの、サトシたち相手にもこれを連呼。サトシたちは事情がわからないものだからダークライに噛みつくので、ダークライダークホールでサトシを悪夢に陥れ、悪夢の中で本当に伝えたいことを見せた。

ダークライ、口下手すぎんか??

ダークライは一応言葉が喋れるらしいので、「街に強力なポケモンがやってきている。街や、みんなが危ない。止めねば。」など流暢に危険を伝達し、サトシたちに素直に協力を依頼していれば、もう少しスムーズに事は進んだだろうが、しかしその口下手さがこの後良い味を出すのだよな…。みんながダークライを悪者扱いするシーンは少々寂しさがあって見てられないのだが、もう少し我慢だ。

 

トニオの分析などもあり、みんながいよいよダークライへの誤解、そしてパルキアの存在に気付いたその時、ダークライから、傷付き眠るパルキアへの攻撃が始まる。ダークライは一人でパルキアの元に突っ込み、そして瞬く間に弾き返され、地面に突き落とされる。

このシーン、伝えたいことが多い。

まず、パルキアの圧倒的な存在感である。このシーンに至るまで、街のトレーナー総出でダークライの討伐に挑むものの、ダークライの強さになす術なく敗退したシーンがある。街のポケモントレーナーたちが束になって挑んでも勝てなかったのがダークライだ。ダークライは強い。そんなダークライが、触れる事すら叶わず一瞬で弾き飛ばされる程の”圧倒的な力”。この存在感、まさに『神と呼ばれしポケモン』であることを象徴している。そんなポケモンが目醒めてしまったことへの絶望感や無力感が、本作の怪獣映画やパニック映画としての側面を押し出している。

もう一つが、ダークライの不器用さである。ダークライは強いポケモンである。強い者は、更に強い者の強さを理解できるはずである。当然ながら、パルキアと自分の間の圧倒的な力量の差すらも、自分で気付いていたはずである。それをわかっていながら、彼はパルキアの元に突っ込んだのだ。止められるのは自分しかいないと感じているから。不器用だから誰の助けも借りず、負けるとわかっていながら強大な敵に立ち向かい、大敗して墜落するのだ。ダークライ、不器用な男……。こんな展開『シン・ウルトラマン』で見た……。オレ、不器用ナ男、好キ……。

 

目醒めたパルキアを見て、パルキアが怪我をしていることに真っ先に気付いたのはアリス。優しい人……。どこまで素晴らしい人なのですか??優しい女性、本当に好き。すこ。

ここにディアルガもやってきて、いよいよ神々の争いが再発。街を巻き込みながら、力と力がぶつかり合う様は、本当にパニック映画。はい、この作品はパニック映画です。怒れる神々を目の当たりにし、人間が必死に知恵を絞って出来ることが『オラシオン』を奏でること、つまり『先代の残した祈りの曲を鳴らし神々の怒りを鎮める』なの、本当に一般の人間とポケモンの無力感があって好き。

ディアルガパルキアの本気の技同士がぶつかり合った時、これまでになかったレベルの白光と衝撃波が街を襲い、街の崩壊を加速させたのは、まさに『ポケモンバトル』ではなく『災害』の描かれ方だった。同時に「次に同じ衝突が起こったら終わり」という焦燥?のようなものを感じさせた。

だからこそ、第2の衝突の危険を察知したダークライが、真っ先にそこに飛び込んで行った時には、もうダークライに全ての期待がかかる。「止められるの、やっぱお前しかいねぇわ!」とデカい声でダークライを応援せざるを得ない。

そして、この第2の衝突を食い止めたダークライはこの時、体の周りに赤色のオーラを纏うのだ。このシーンだが、体の周りにオーラを纏っているのは、ディアルガパルキアの両名だけ出会った。そこに割って入ったダークライにも赤色のオーラが見えたのは、想いの強さがダークライの力を覚醒させて『神に並んだ』瞬間だからなのではないかなと思っている。もちろん事実の上では到底実力が及ばず、この後すぐに力尽きてしまうのだが、それでもこの一時だけは、ダークライが神々と対等な位置で対決をし、まさにタイトル通りの三つ巴の戦いが実現したシーンだと勝手に思っている。

ダークライは戦いに敗れ、儚くも次元の狭間へと消滅していく。この映画で唯一の別れのシーン。全ての希望は、サトシとヒカリが『オラシオン』を奏でることに託された。

 

さて、『オラシオン』の話をしよう。

オラシオンは、トニオの曾祖父・ゴーディがこの危機のために残した曲であり、アリスの祖母・アリシアがアリスに伝えた曲である。オラシオン(oración)は、スペイン語で『祈り』という意味がある。

オラシオンの意味は、祈り。」

劇中では、オラシオンは全部で4回演奏された。1回目は、庭でケンカするポケモン達を鎮めるアリスの草笛。2回目は、回想シーンの中、ダークライが初めて幼いアリシアに心を開いたシーン。3回目は、これも回想シーンの中、祖母となったアリシアが、孫のアリスにオラシオンを聴かせて伝えるシーンである。全てのシーンで、オラシオンは怒りを鎮め安らぎを与える祈りの曲として描かれており、『オラシオンを聴くと心が落ち着く』ということが、この映画を観る者の身体に直接植え付けられてきていたのだった。

迫り来る神々の最後の衝突、残されたオラシオンへの僅かな希望、そして身体でも感じるオラシオンへの期待、あらゆる角度からオラシオンで号泣する準備が整ったところで、世界一大きな楽器『時空の塔』による、オラシオンの演奏が始まる……。

 

オラシオンの演奏シーンですが、言葉で多くを語ってしまうのは野暮である、と言い訳を残して、あまり語らぬようにしておきます。というのも、このシーンであまりにも泣きすぎてしまって、よく観られていません。思わず目を瞑るほど顔をくしゃくしゃにして、うずくまって泣いたのも、嗚咽が漏れていないか気を遣ったのも、劇場では初めてのことでした。何が心を鎮める曲だ、めちゃくちゃ感動したじゃないか馬鹿。今回は遅い時間の上映ということもあったけど、独りで見に行って寧ろ良かったです。涙脆い人は単独で観に行くのがオススメ。

 

 

この映画祭が始まる前から言っていたように、最も楽しみにしていたのが『劇場でオラシオンを体験すること』だったが、これ程までに大きな感動を受けるとは想像していなかった。というか、知ってる話でこんなに泣けるものかと驚いた。

 

オラシオンにより平静を取り戻した神々は、それぞれの棲家へと帰る。この時にサトシがパルキアにかけた「パルキアのバカヤロー!!」という台詞、色々とネタにされがちなシーンではあるが、片や『神々とのコミュニケーションが成立した貴重なシーン』でもある。

動物の行動学的にはコミュニケーションは"何らかのシグナルを介して情報を伝達すること"などのように定義されるが、ここまでの物語の中で、荒ぶるパルキアディアルガに対して「戦いをやめてほしい」といった人々の思いは全く伝わっていなかったと言って良い。思いが伝わったのは、オラシオンにより祈りが届いたシーンと、サトシがパルキアに「バカヤロー!」と発したあのシーンくらいのものである。オラシオンをシグナルとして一方的に祈りを伝えた前者に対し、後者はほぼ『会話』と言って良い。まさにオラシオンが神々の怒りを鎮め、人々との対話を可能にした名シーンなのだ。

「バカヤロー!」と罵るのは理不尽だ、との意見が多いが、実際、戦いから逃れ一方的にアラモスタウンを利用し、街を巻き込んで戦闘を行なった等、それなりの非があると言っても過言ではないパルキアに対し、街や、更にダークライの存在を失ったサトシに込み上げる感情を察するに、理解できなくもない発言である。これを受け入れ、街を復元することで応えるパルキアの懐の深さが垣間見えると同時に、やはりその機会をもたらしたオラシオンの力強さを感じざるを得ない。

 

全てが元通りになった後、居なくなったダークライを惜しむサトシ達の前に、ダークライの影が映し出され、無事であったことに歓喜する一行と、ダークライの帰還を最後に、話は終わる。

およそ感動作のラストシーンとは思えない悪役チックなBGMと、ダークライのアップからブラックアウトする演出、まさにダークヒーローというか、どこまで行ってもあくタイプの幻のポケモンダークライであるという感じが、他の作品にはない印象を与えていて好き。

本作のテーマ曲はサラ・ブライトマンの『ビー・ウィズ・ユー ~いつもそばに~』。非常に豪華なキャスティングで、物語に相応しい名曲なのだが、この曲の感想や解釈は、またいつか別の機会に。

 

 

 

 

…ということで『ディアルガVSパルキアVSダークライ』の感想をお送りしました。

まとめると本作品は、所々で発生したコミュニケーションの不通と、そのために悲しくも起こってしまった神々の争い・破壊に対して、それを不器用ながらも乗り越えようとする人やポケモンのたくましさと、その結晶であるオラシオンによって、人やポケモンが心を通わせることに感動を覚える、素晴らしい物語だったと思います。

迫力ある怪獣・パニック映画としての側面と、これを繋ぐ切り札が音楽であるという、楽曲に優れた映画としての側面を併せ持ち、まさに『映画館で観るべき』作品であったと思います!

9/2~9/8は、3作品が日替わりで再上映されます。もし「気になっていた作品があったけど観ようと思っていたうちに終わっちゃった…!」という人は、ぜひお近くの映画館の上映スケジュールを調べて、観に行ってみてくださいね!

 

本感想記事の執筆が遅れているうちに、先日9/3に、とうとう『七夜の願い星 ジラーチ』の視聴も終えました。こちらの感想も、近いうちにブログにて文章にまとめようと思います。

それでは!